〇〇〇3ねん 8がつ10にち
きょうはままがこわいかおをしていました
あなたはおんなのこなのっていってました
だからぼくじゃなくて
わたしといいなさいといわれました
おかあさんのことはだいすきなので
ちゃんということをきくことにします
さらたつ しろな さんさい
わたしはおんなのこです
〇〇〇4ねん 11がつ3にち
きょう ほいくえんでかいとくんとけんかをして
けがをしました
おかあさんにいったら おこられました
すごくこわかったです
あなたはおんなのこなんだから
おとこのこにかてるわけないでしょ
もうにどとおとこのことはあそんじゃいけません
っていわれました
ごめんなさい
もうおとこのことはあそびません
〇〇〇5ねん 5がつ23にち
きょうはおともだちのりおくんが
しろなちゃんっておとこのこだってせんせいがいってたよ
っていってました
わたしはおんなのこだよ?っていったら
じゃあせんせいにきいてみなよ っていわれたので
せんせいにききました
せんせいは しろなちゃんはおんなのこだよ
きっとりおくんがかんちがいしたのかもねっていってました
そうだとおもいます
おかあさんが わたしはおんなのこだっていったんだから
わたしは おとこのこじゃありません
〇〇〇7ねん 4がつ20にち
きょうからしょうがくせいです
まわりのこもあたらしいひとたちばっかりです
でもたくさんおともだちをつくりたいです
おべんきょうもがんばります
〇〇〇8ねん 6がつ2日
おとこの子たちがかけっこしたり
ボールであそんでるのをみていいなっておもいました
でもおとこの子とあそぶと
おかあさんからおこられるので
おんなの子のともだちとあそびました
〇〇〇9年 9月20日
ふみちゃんからしろなちゃんは男の子なの?ってきかれました
ううん、わたしは女の子だよ?とこたえましたが
でもだれかが言ってたよ?ってかえされました
おかしいな、わたしは女の子なのになぁ
でもたしかに男の子たちのあそびのほうがたのしそうだなって思うんです
だけど、おかあさんにこのことをいったら、またしかられちゃうからやだな
いままで話してくれてた子たちが
わたしをむしするようになった気がします
わたし、わるいことしたかな
〇〇10年 6月17日
どういうこと
私は女の子じゃない
私は男の子だった
お母さんにずっとウソをつかれてたんだ
ぜんぜん気づかなかった
周りの女の子と体が少し違うのは何となく気づいてたんだけど
やっぱりお母さんにちゃんと聞かなきゃ
ぼくがどっちなのか
■■■■■ ■■■ ■■■■■■
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
私は女の子だから、もうぶたないで、怒らないで
お母さん、怖いよ いい子にするから
もうこんなこと聞かないから
お願い許して、許して許して許して許してゆるしてゆるしてゆるして
〇〇12年 11月12日
今日、教科書がゴミ箱に捨てられてた
大丈夫、前よりはマシ
先生にまたお願いすれば新しいのをくれる
でも、先生にまた怒られちゃうな
忘れたってウソついて
本当は捨てられましたって言いたのに
誰がやったのかもわかんないし
なんだか熱っぽい
昨日浴びせられた水で風邪ひいちゃったかな
お母さんには川に落ちちゃったって言って
そしたらまた怒られちゃった
どうしてだろう
僕、何も悪くないのに
何も知らなかっただけなのに
最初から 女の子として生まれてくれば
こんなことは
〇〇13年 4月9日
今日は中学校の入学式
制服は もちろんセーラー
これが、似合ってしまうんだ
女の子みたいな容姿にさせられてるから
セーラーが似合っちゃう
やだな
母さん、すごく似合ってるって言ってくれた
嬉しいけど、ごめんね母さん
僕、やっぱり学ランが着たかったよ
〇〇13年 4月12日
やっぱりここでもこうなるか
小学時代のクラスメイトと顔ぶれは一緒だもんな
せっかく似合ってるって言われたセーラーに傷がついちゃった
隠さなきゃ
裁縫は苦手じゃない隠せるはず
母さんにはバレたくない
〇〇13年 4月16日
事情を把握してくれた先生が声をかけてくれた
優しい男の先生だった
初めて自分の心を打ち明けることができた
安心して、涙が出てきちゃった
先生は優しく頭をなでてくれた
僕にはお父さんがいない
お父さんがいたら、こんな風に撫でてくれたのかな
とても大きくて暖かい手
今は先生だけが頼りだ
今度、僕の為に学ランを用意してくれるって
家を出る時と家に帰る時だけセーラーを着て
登下校途中で学ランに着替えればいいって言ってくれた
嬉しかった
本当にうれしかった
ありがとう、先生
〇〇14年 6月11日
2年生になって2か月経つ
保健室登校が当たり前のようになっていた
むしろ、よく耐えてたなって先生は言ってくれた
教室で授業を受けたかったから
ちゃんと勉強して、立派な大人になりたかったから
今まで助けてくれた先生に恩返しをしたかったから
そう言ったら、先生は泣いて喜んでくれた
抱きしめてたくさん撫でてくれた
やっぱり先生といるのが一番安心する
今度二人でどこかに出かけようかって言ってくれた
でも母さんになんていえばいいかわからなくて断った
大人の男の人と二人っきりなんて言ったら
母さんきっと激昂しちゃうから
そういえば最近、首がかゆい
それに、ごはんも変な味がする
体もなんだかだるい
〇〇〇14年 9月19日
なにこれ
僕の体はどうなってるの?
体が、女の子になってる
丸っぽくて柔らかいっていうか
何より、胸が膨らんできてる
でも下のほうは何も変わってない
どういうことなの?
今まで、体がずっとだるかったりしたのはこのせい?
母さんだ
きっと母さんが何かしたんだ
...でも何を聞けばいいの?
シラを切られるか
またヒステリックに怒られるかのどっちかだ
病院で検査してもらった方がいい
〇〇〇14年 9月21日
病院に行った
この体の変化について聞いたら、
お医者さんはこう言った
「ホルモンバランスがおかしくなっている。君の体は今女性ホルモンが殆どだ」
じゃあ、じゃあ、母さんが知らぬ間に
そんなものを僕に投与してたの?
...母さんならやりかねない
僕が男であることを認めたがらないから
こんなもの使って、僕を女にしようとしてるんだ
...あの家にはもういられない
家を出たい
このままじゃ、僕の体はおかしくなってしまう
どこに逃げよう
決まってる
先生のところに逃げるんだ
〇〇14年 9月24日
先生に事情を話して、僕を秘密裏に住まわせてくれた
先生は独り身らしいから、他の家族とかの心配もいらないって
母さんにはもちろん内緒 捜索願いも出されてるらしいけど、僕はもう帰りたくない
しばらく先生と二人暮らしだ
先生なら安心できる
本当にお父さんみたいな人だから
「このままずっと、俺の家で暮らしてもいいんだぞ」
って言ってくれたけど、流石にそれは迷惑が過ぎるから
孤児院、っていうのかな
いつかはそこに入れればいいなって思ってる
〇〇14年 12月17日
先生と暮らし始めて3か月くらい
本当は孤児院に入る為の方法とかも調べて、1か月で出ようと思ってたのに
先生が、それを許してくれなかった
それに先生の様子が最近おかしい
前まで頭を撫でてくれてたのに
最近、お腹とか太ももとかも撫でてくる
「白奈のことを守れるのは先生だけだから」
「いつかは孤児院に行くなんて考えなくていい。ここで先生とずっと一緒に暮らそう」
「俺は白奈のことを、心から想ってるんだ」
先生?そんな目で見ないでよ
その目嫌い
人間の目じゃない
===================
やだ、やだっ!
たすけて!!
先生、離して!!離してよ!!
いたい、いたい、いたいいたいたいたい!!
だれか、たすけてえ!
「言ったろ、お前を守れるのは先生だけだ」
「先生以外にお前を助けてくれる人なんていないんだよ」
嫌、嫌、嫌だ!!
あ、あぁああ!!!
「お前のそのいびつな体も、ちゃんと愛してやるからな」
〇〇〇〇〇 〇〇〇 〇〇〇
あいつは さいしょから からだめあてだったんだ
ながいあいだ こどくなぼくにつけこんできた
しんらいしたのがまちがいだった
くそやろうが
あぁ
もういいや
もうつかれた
なんでこんなからだにされなきゃいけないの?
なんでこんなにらんぼうにされて、いきなきゃいけないの?
死にたい
そうだ、死ねばいいんだ
かんたんなことだった
つぎは、死にかたをさがそう
〇〇14年 12月9日
あいつは警察に捕まった
僕は孤児院に入った
母さんは僕を連れ戻そうとした
孤児院の人たちが追い返してくれた
〇〇15年 1月30日
同じ部屋の子が邪魔で
自殺を計画できない
〇〇15年 3月20日
首吊り 失敗
電車に飛び込む 失敗
飛び降り 失敗
僕の中の恐怖心が鬱陶しい
うざい
大人しく死なせろ
〇〇16年 4月25日
高校に入学した
未だに自殺は成功できていない
中学同様、高校には通常通りに通学
孤児院の職員に知られると面倒
合間をぬって再度自殺を試みる
〇〇16年 5月19日
死にたい
死にたいのに
僕自身が邪魔をしてくる
うざい
うざい
うざいうざいうざいうざいうざい
また自殺に失敗した
なんで死なせてくれないの
いっそ、誰か殺してくれないかな
〇〇16年 6月11日
山の奥にある未だ取り壊されていない廃ビルを見つけて
今そこにいる
心霊スポットだとか言われてるか知るか
ここで練炭と薬物の多量摂取による自殺を試みる
今日が命日になることを願う
この目を閉じて 二度と覚めないように
おやすみ
〇〇16年 6月12日
相変わらず生きている
同時に、夢じゃないってことがわかる
目の前に、僕の憧れていたラッパーがいた
MCホトケ、彼の曲が僕をここまで繋ぎ止めてくれていた
ある日を境に行方不明になっていた彼が、今目の前にいて、
そして僕は彼の家にいる
昨日、自殺しようとした廃ビルで、愛想よく笑う警備員らしきおじさんに起こされた
そのまま地下に連れていかれ、奇妙なパーティーが行われていることを知った
「スーサイドパーティー」
自殺者志願者が集まり、そのパーティーが終わると同時に毒薬で自殺するというイベント
そこのメインイベンターがホトケさんだった
イベント参加は完全予約制で、毒も予約者のみに与えられるから、結局僕は昨日も死ねなかった
ただ、おじさんが「君も志願するのなら、来週のパーティーに参加するといい。毒も用意しておくよ」と言ってくれた
こんな華やかに死ねるのなら、願ってもない話だ
僕はパーティーに参加することを伝えた
それにしても、死ぬ前にホトケさんに会えるとは思ってもみなかった
だからせめて彼と少しだけでも話がしたいと思って、声をかけたんだ
「お前も自殺しに来たのか?こんなに若いのに」
彼ならきっとそういうと思った
彼の曲からはマイナスは殆ど感じない
むしろ「生きろ」というメッセージを感じていたから
そのまま彼と話が弾んで、気が付いたら夜明けになっていたらしい
そこから先、寝ぼけてしまってよく覚えていないのだけど
どうやらホトケさんの家にお邪魔してしまったらしい
目が覚めて知らない部屋で、傍にはホトケさんがいたから、それはビックリしたさ
「帰りたくないんだったら、しばらくここにいていい。どうせ独り身だ」
...一週間後には死ねるとは言え、あの生活に戻るのは嫌だったから
僕はその言葉に甘えることにした
〇〇16年 6月14日
住まわせてもらってるんだから、部屋の掃除とか料理とかはさせてもらった
母さんに散々教わったことが、今役に立つとは思わなかった
彼も僕の料理はおいしいって言ってくれる
憧れの人に言われたんだから、嬉しくてたまらなかった
「お前さ、ラップ書かないの?」
ラップを書く? 思ったこともなかった
確かにラップは好きだけど、自分で書くなんて
「ラップってさ、心に秘めたもの包み隠さずストレートに表現できるんだ。お前が死にたいと思った出来事とか思いとかそういうもん全部書き出してみないか?」
...きっと素晴らしい提案なんだろうけど、
どうせもうすぐ死ぬんだ。それをすることに意味があるとは思えなかった
「それ書いてみてから死んでもいいだろ」
もしかして、慰めてくれてるのかな
この若さで死ぬのはもったいないって
でも、僕は――
「お前はいいラップを作れると思うんだ。才能が死ぬのは見たくねえよ」
......憧れっていう思いがこんなに厄介だなんて思わなかった
彼にそう言われたなら、ちょっとやってみようかなって思わされる
マイナスをプラスに変える力がある
どんだけどん底にいてもそれをリリックにすれば這い上がれる
その力があるのが音楽だって知ってた
そしてHIPHOPはそれをありのまま表現できるものであることも
僕のこの思いを誰かに大声で伝える
心の中に巣食う絶望感を解き放つ
何か、変わるだろうか
...やってみないと、わからないよ
〇〇16年 6月17日
この数日、ホトケさんにラップを教わった
彼が言うには僕は飲み込みが早くて、センスも長けてるんだって
「このままラップを続ければ、お前はいいラッパーになれるよ」
続ければ、か
どうしよう、かな
いよいよ、明日だ
あのパーティーが行われる
僕はそこで死ぬ、はずなんだ
ホトケさんには悪いけど、やっぱり死にたい気持ちはぬぐえない
思いのたけをリリックには書き出した
そしたら今まで縛られていたものが解放された気はした
それだけで、心の中は晴れた気がした
とても、楽になれた
でも、生きる勇気は戻ってこなかった
「いいよ、結局決めるのはお前だ。俺はただお前にラップを教えただけだしな、止める義理はない」
ホトケさんの寂しそうな笑顔が、忘れられない
それにしても、あれだけ前向きな曲を書いてて、
僕に生きることを勧めてくれた彼が、
あんなパーティーのメインイベンターなんてしてるんだろうか
〇〇16年 6月18日 22時14分
ついに、今日だ
ようやく、死ねるんだ
待ち望んでいた
そのはずなのに、
死ぬことが嫌になってきた
生きることもつらいのに、死ぬのは余計に嫌で
結局、どうするか決めれずにここまで来てしまった
「大丈夫、君は死ぬことを選んだ。だからここに来たんだ」
警備員のおじさんはそう言ってくれた
...死んでしまえば、そんな悩みすら消えてなくなる
考えるのは、もうやめよう
ステージで、ホトケさんがライブをしていた
彼はDJもできるし、ラップを歌える
本当に見事なパフォーマンスだ
最後の最期に彼のライブが見れたのなら、後悔はないはずなんだ――
「あ、ごめんなさい!」
小さな女の子が僕にぶつかってきた
まだ4,5歳くらいだろうか
それにしてもこんな小さな子がどうしてここに?
「えっとね、パパとママがね、とおくにいっちゃったの。だからまたパパとママにあいたいの。ここにきたらあえるっていわれたの。あ、あいなっていいます!こんにちわ!」
藍那ちゃんか、元気な子だ。
パパとママが...パーティーの参加者の中にいるのだろうか
探してあげなきゃ、そしてこの子を連れて帰ってもらわなきゃ
こんな小さな子を残して、死ぬのなんて無責任だ
「パパとママはここにはいないの。おうちにはいたよ。でもね、でもね、あいなのパパとママね、ういてたの、てるてるぼうずさんみたいに!」
〇〇16年 6月18日 22時39分
体が勝手に動いたんだ
この子を連れて、会場から逃げ出してた
だって、この子は何もわかっていない。
自分が死ぬことも、いや死ぬって何なのかもよくわかってないんだ
「おねえちゃん!いたいよ!はなして!」
どうにかして、この子だけでも守ってあげなきゃいけない
何もわかってないのに、何も知らないのに死ぬなんて、絶対ダメだ
「どこに行くんだい?」
クソ、警備員のおじさんだ
どうしよう、どうにかしてこの人から逃げないと
この人の崩れない笑顔が、明らかにヤバイって伝わってくる
「ダメだよ、パーティーに参加する以上、途中退場はできない。参加者はみんな最期までパーティーを楽しまないと」
そうだとしても、何も知らないこの子を自殺させるのは違う
この子にはまだ生きる希望と未来があるはずなんだ
「そんなのは君のエゴだろ?自殺志願者が方便を垂れるのかい?この子は自分の意思で来たんだ。それを否定する権利が君にあるのかい?」
...ないさ
僕にも誰にもそんな権利はない
だからエゴだ
エゴで救える命があるなら
その時まで生きてやる
「今更、粋がってもしょうがないだろう?死を選ぶ者がそんな目をするんじゃない。いいだろう。途中退場がしたいんだったね。特別に許可しようじゃないか」
警備員が振り下ろした警棒が僕の頭を割ろうと襲い掛かってくる
逃げなくちゃ
「ねぇ、おねえちゃん...こわい...パパとママにあいたいだけなの、なのになんで...?」
大丈夫、パパとママにはまだ会えないけど、僕が君を守るから
外へ逃げよう そこなら誰かが助けてくれる
〇〇16年 6月18日 23時10分
どこも逃げれない
出入口も窓も全部閉鎖されてる
この廃ビルの中を走り回ってあの警備員を撒くことしかできない
「しろなおねえちゃん...もうはしれないよ...」
そうだよね、ずっと逃げ回っているからね...
どうしたらいいんだ...
「白奈!大丈夫か!」
ホトケさん!どうしてここに?
「お前が会場から逃げるのを見たんだ。パーティーを早めに切り上げて、お前を探しにきたのさ。その子を逃がそうとしたんだろ、お前に生きる理由ができてよかったよ。確実な逃げ道が1つある。俺を信用できる勇気があるならついてこい」
...ホトケさんが僕を騙すなんてありえない
だから、僕は藍那ちゃんを連れてホトケさんについてくことにした
〇〇16年 6月18日 23時26分
再び会場に戻ってきた
会場にはパーティーの参加者の亡骸が転がっていた
みんなもう毒薬を飲んで自殺したんだ
ホトケさんはバーカウンターの中に入り、
その中の一枚の扉の鍵を開けた
中は物置になっていた
さらにその奥に扉が一枚
「そこに入って階段を昇れば裏口につながってる。そこから外に出れるはずだ。頼りたくはないが、警察も呼んでる。うすのろじゃなきゃもうじき来るはずだ」
ホトケさんは僕らを物置に押し入れる
ホトケさんは?一緒に逃げよう
「今日は俺の命日なんだ。迎えも待ってるんだ、約束しちまってな」
何を言ってるの?
「こんな狂った祭りを終わらせる。俺の罪もこれで償うんだ。邪魔をしないでくれよ?」
だけど、と言おうとしたとき、
ホトケさんの後ろに人影があった
警備員だった
「いけませんね、ホトケさん。あなたも私を裏切るんですか?」
ホトケさんはすぐに警備員を抑え込んだ
「さっさといけ!!」
悩む時間なんてない、でもこのままじゃホトケさんは
「俺の邪魔をするな!そしてお前の生きる理由に従え!」
生きる理由――
「しろなおねえちゃん!」
あぁ、そうだった
この子を、生かさなきゃいけないんだ
僕はその時まで、エゴでもいいから生きなきゃいけない
僕の体は藍那ちゃんの手を掴んで、物置の扉を開けた
その先に上への階段、そして裏口の扉があった
「白奈!」
最後にホトケさんの声が聞こえた
「――生きろよ」
〇〇16年 6月19日
あれからすぐに裏口に出て、ホトケさんが言った通り、警察の人が来てくれていた
僕らが出てしばらくしてから、廃ビルから煙があがりはじめ、やがて1階から火があふれ出した
きっと、地下であの人が火をつけたんだろう
あのパーティーと警備員を終わらせるために
それから僕らは警察に保護されて、僕は事情聴取をされた
僕はありのままに話した。あそこで起きたことを
藍那ちゃんは保護者がいないから、児相を経由して養護施設に預けられることになったらしい
あの子を助けられた、そう思って僕は胸をなでおろした
僕の方は、家に帰された
1週間近く、家に帰らなかったからどうなってるのか
母さんは心配で正気を失ってるんじゃないだろうか
とりあえず、母さんに会おう。そして謝ろう
その後のことは...その後考えればいい
僕の住むマンションについた
エントランスに入ろうとした時、
目の前に何か降ってきた
ぐしゃりって音を立てて
「あ......白...奈...?」
母さん?
どうして?
「...ご...めんね...」
ねぇ、どうして?
どうしてなの?
なんで、僕より先に逝っちゃうの?
「...これ、から...さきは...す、きに、しな、さい...、だ、から...
生きて.........」
母さん
ずるいよ
そんなの...卑怯だよ...
もっと、言いたかったこと
言わせてよ...
〇〇16年 6月28日
「しろなおねえちゃん!」
やぁ、藍那ちゃん、また会ったね
今日から、僕もここで暮らすことになったんだ
「ほんとに!?よかった!あいなね!しろなおねえちゃんにたくさんいわなきゃいけないことあったから!」
そっか、僕もね、藍那ちゃんに言いたいことあるんだ
「えっとね、えっとね!あいなをたすけてくれて、ありがとう!そして、えーっと、これから、よろしくおねがいします!!」
うん、よろしくね
僕から言いたいことはね
僕は、お兄ちゃん、だよ
「え!?」
〇〇16年 7月1日
あれから、色々考えた
これから、まだ生きていくのかどうか
いや、考えるまでもなかったんだけどさ
だって、大事な人二人から、生きろって言われたんだもん
生きなきゃいけない
二人の想いを無碍にはしたくない
母さんに関しては、ムカつくから生きてやるって感じだけどね
でも、いなくなって気づくんだ
母さんは確かに歪んでた
でもそれ以外はちゃんとした愛情をくれてた
それは今、身に染みて実感してる
いなくなって、物凄く寂しいし、悲しいから
母さんのこと、嫌いになれない
むしろ、今でもちゃんと大好きだって思えるんだ
きっとこれから僕がやりたいことを母さんが知ったら
めちゃくちゃ怒るんだろうなぁ
だけど、初めてちゃんと将来の夢ができたから
好きに生きていいって言ったのは、母さんでしょ?
ホトケさん、僕はあなたに背中を押されたその助走で
ラッパーになろうと思います
あなたに言われたセンスがあるって言葉を信じてみます
これから先は、第2の人生です
今までの自分の暗さも闇もラップで明るく晴らします
だから、二人とも
ちゃんと、見ててよね
――――――――――――――――――――――
ねぇ、ずっとぼくのことのぞいてるのはだれ
みないでよ
ここからさきはなにもないよ
なにも
ないはずなんだよ
――――――――――――――――――――――
「お前、Hkryuだっけ?いいラップしてたじゃん!気に入ったぜ」
「君と、友達になりたい...ダメかな?」
「いいに決まってるだろ?俺は外面で判断なんかしねぇよ」
「君は、ずっと僕の事励ましてくれるね」
「ダチを見捨てるバカはいねぇよ、それにお前は俺のお気に入りなんだから」
「......うん、そっか」
「前に言ったよね、この大会で優勝したら、お願いごとがあるって」
「あぁ、何でも叶えてやるよ」
「......君のこと、ずっと前から―――
――――――――――――――――――――――
しらない
そんなひとしらない
もうやめて
なにもみないで
おもいだしたくない
やだ
いやだよ
――――――――――――――――――――――
「俺たちの関係は俺たちだけの秘密だ」
「やっぱりほかの人の目は怖い?」
「あーだこーだ言うヤツがだりぃんだよ、悪いな」
「んーん、それもわかった上でだよ」
「やっとまともな仕事に就けそうだぜ、これでお前を養えそうだ」
「そんな、僕だってそこそこ稼げてるよ、君の傍にいれれば十分だよ」
「何言ってんだよ、お前のこと守るって決めたんだ。家も建てような」
「もー、話が早いんだから......ありがとう」
「...もったいねぇよな、お前の初めてもらえないのはさ」
「うぅん、君が初めてだよ、僕はそう思う」
「お前がそういうなら...じゃあ遠慮なくいただくとするわ」
「これだけ心から愛してくれるのは、今までで君だけだから...」
――――――――――――――――――――――
こんなあいじょう、いらない
――――――――――――――――――――――
「ごめん、白奈」
「急だよ、そんなの」
「やっぱきついんだ、お前のこと好きでい続けるの」
「...そっか、付き合ってくれてたんだね」
「どう思ってくれてもいい、もう俺にはかかわらないでくれ」
「...どうもありがとう、楽しかった」
「最低じゃん、そんなの。お兄ちゃんもなんで何も言わなかったの?」
「......言葉が出なかったんだ、頭真っ白だったから」
「...お兄ちゃんならきっといい人見つかるよ」
「そうかな...でも、もうしばらくは、一人でいいや...
好きになること、もう疲れたよ」
「どうせ、ムリだったんなら最初から言ってくれてよかったじゃん!
なんで付き合ってくれたの!?
ウソついてまで愛さないでよ!!
心から愛してくれたって信じてたのに、
裏切られた気持ちが、わかるかよ!!」
――――――――――――――――――――――
こんなきもち、いらない
――――――――――――――――――――――
「...どうしたんだろ、あんなにフラフラして
.........かかわるなって言われたって、心配なんだ」
「...!? 大丈夫!?この注射器...まさか...」
「白奈...なんで、ここにいるんだ...かかわるなっていったろうが」
「だって、あんなにフラフラして歩いてたから!!」
「にげろ...はやく...!」
「え...?」
――――――――――――――――――――――
しらない
なにもしらない
しりたくない
おもいだしたくない
――――――――――――――――――――――
「わたしの人をたぶらかしたのはアンタ?」
「...あなたは誰?」
「その人はわたしの、アンタには渡さない!!
もう二度と周りに湧かないように、ここで...!」
「やめろぉ!!」
――――――――――――――――――――――
おまえがわるいんだ
おまえがかかわらなければ
おまえがかれをあいさなければ
――――――――――――――――――――――
「...どうして? どうしてこうなったの...?」
「白奈、ごめんな、俺さ、マジでどうしたらいいかわからんかった」
「...え?」
「お前を守るために、お前を突っぱねるしかなかった...元カノがやべぇヤツでな、見ての通りさ」
「......ねぇ、ぼくは、ぼくは...」
「...そいつを殺したのは俺だ、お前はただの被害者だ...最悪な彼氏でごめんな」
「...もう、どうせまともじゃいられない。だから最期はまともなままで死にたい」
「なにを...するの...?やめてよ...それ、おろして...」
「どう思ってくれても構わないから...我儘を言わせてくれ
お前の事、ずっと愛してた――
――――――――――――――――――――――
あの時、自殺していればよかったんだ
生きる価値のないお前なんて
――――――――――――――――――――――
―――生きててくれ」
――――――――――――――――――――――
死んでしまえ
――――――――――――――――――――――
これ以上はやめとけ
蓋したものは開けたってロクなことにならない
こいつの死アレルギーは自分でも思い出せないんだ
思い出させたら
...わかるだろ?
〇〇19年 2月24日
「気が付いた?よかった...」
...藍那、ここは?
「病院だよ、運ばれたの、覚えてない?」
......頭がぼんやりしてて...よく覚えてない
「そっか...ねぇお兄ちゃん...■■さんのことだけど...」
......■■さんって、誰?
ずーっとぼんやりしてて、今までのことあんまり覚えてない
僕はラップを初めて、そこから友達も増えて、
MCバトルにも出て、高校生ラップバトルでも優勝して、
地方のいろんなところからライブイベントに呼んでもらえて、
お金も稼いで、自立できるようになって
...何も問題ない、問題ないよ
大丈夫だよ、藍那
僕は今まで通り生きていける
そう、生きなきゃ
生きなきゃいけないんだよ!
心配しないで!
死にたいなんて、そんなクソみたいなこと思わない、思うわけがない!
今日も一生懸命生きよう!
みんなの為にも!